私の創造

“当たり前”の存在であり続けるためにたゆまぬ進化を続ける。

プロフェッショナル職(大学卒)(運輸)
縄田 直

仕事

目先の課題にとらわれず、将来を見据えニーズに合った設備を投入する。 

より便利に、より快適に、そして安全を追求する。

ホームの可動柵や駅の空席表示板など、お客さまの安全を守りながらも、便利で快適、かつ働く社員にとっても使いやすい設備やシステムについて、その改良や取り替えなどを計画・実行する業務を担当しています。例えば、下り列車の空席表示板には東海道新幹線の行き先と到着時刻が表示されていましたが、そこに新大阪駅での山陽新幹線への乗換情報も表示するように改良しました。するとお客さまから乗換についてのご質問が減り、駅係員はほかのお客さまにより多く時間を割くことができるようになりました。
私自身が運転士や駅係員として勤務していた時の経験を活かして、お客さまのニーズに耳を傾け、より安全、便利で快適な環境をつくりだしていくことがミッションです。お客さまから「便利になった」「使いやすくなった」という声を耳にすると、私の仕事の意義を実感します。

 

世の中の「当たり前」の存在であり続けるため、たゆまぬ進化を続ける。

これは設備だけに限ったことではありませんが、東海道新幹線は日々刻々と進化を続けています。時代が変わればお客さまのニーズも変わり、設備の設置基準なども変わっていくのが当然だからです。ホームの可動柵も、お客さまにとってはごく当たり前のように存在していると思いますが、そこに至るまでには気づかれないような細かな改良が積み重ねられてきたのです。当たり前の存在であり続けるために、たゆまぬ進化を続けることが、インフラとしての東海道新幹線の本質ではないでしょうか。その進化のためにつねに考え尽くすことを私は大切にしたいと思います。

 

キャリア

新幹線職場での乗務経験が現在の業務に活きています。

'06-4月新入社員研修
多くの同期と一つ屋根の下で寝食を共にし、多種多様なカリキュラムを通して年齢や系統を越えた絆を築くことができました。仲間達と共に箱根の山を踏破したことも今でも鮮明に覚えています。研修を通して社会人、鉄道人、そしてJR東海人としての基礎が形成されました。
'06-8月新幹線鉄道事業本部 東京第二運輸所
新幹線車掌としてドア扱いや列車監視等の安全・安定輸送を担うとともに、お客さまの目線に立った案内・サービスを心掛けました。接客の技量向上のため綺麗な立ち姿、御辞儀の仕方等の接客スタイルの研究を行い、職場内に留まらず会社内に展開していきました。
'09-3月新幹線鉄道事業本部 小田原駅
小田原駅は観光・通勤通学・ビジネスなどさまざまなお客さまが利用される駅でした。箱根の麓に位置するため海外からのお客さまのご利用も多く英語で案内することも多々ありました。また通勤通学でご利用されるお客さまからは、顔を覚えてもらい「おはようございます」や「お疲れ様です」といった言葉をかけて頂くことも多々あり、何気ない触れ合いの中でも、“喜び”や“楽しみ”を見つけながら業務を行っていました。
'10-11月関西支社 大阪第二運輸所
新幹線の運転士の業務に従事しました。約1,300名のお客さまを乗せ、列車を動かすことの重みを日々感じていました。初めてノッチ(アクセル)を入れた時の感動は今でも忘れません。運転業務において安定安全はもちろん、乗車しているお客さまの快適を意識した運転操縦を常日頃から心掛け、スムーズな発車やブレーキ操作に拘りを持って運転していました。
'13-3月新幹線鉄道事業本部 運輸営業部 輸送課 旅客指令
多い時で1日400本以上走る新幹線の現場では日々さまざまな事象が発生します。限られた時間の中で駅や車内、時には他の鉄道会社とも連携を取り、お客さまを目的地までお届けします。最終列車が無事に終着駅に着いて、1日が無事に終わった時の達成感は今でも覚えています。
'14-7月新幹線鉄道事業本部 運輸営業部 管理課取材当時
 

これからめざすもの

日本のみならず世界が注目するプロジェクトを達成する一員として、
リニアの仕事の最前線で指揮を執って働いてみたいです。

プライベート

  • 家族団らんを楽しんでいます。
    家族と過ごす時間を何よりも大切にしています。年に一度は家族そろって福岡の私の実家、岩手の妻の実家に帰省しています。先日、私の実家に里帰りした時は、私の兄弟の家族も集まり、大にぎわいとなりました。たくさんの孫に囲まれ、両親も幸せそうでした。
縄田 直

Profile

縄田 直

プロフェッショナル職(運輸)
新幹線鉄道事業本部 運輸営業部 管理課
2006年入社
教育人間科学部 学校教育課程卒