プロフェッショナル・ストーリー ~のぞみを走らせる4つのワークストーリー~

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施設系統 新幹線鉄道事業本部 三島保線所 小池 雄生 2011年入社/環境デザイン専攻修了

施設系統 新幹線鉄道事業本部 三島保線所 小池 雄生プロフィール

山に囲まれた町で過ごした子ども時代、鉄道は遠くへ自分を連れて行ってくれる憧れの乗り物だった。
大学院ではバラストの研究に取り組み、鉄道の仕事をするならここしかないとJR東海に入社した。

冷たく澄んだ冬の空気のなか、列車が走ってきた。
朝日を浴びて輝く車体が美しい。
夜を徹して行われた道床更換と軌道整備の作業が終わり、初列車がやってきたのだ。

その当たり前の様子を見ながら、頭のなかでは、この日のために費やした準備のシーンが流れていた。
“回想が走馬灯みたいに流れるってこういうことか──”それは、重責を果たすことができたはじめての朝。
小池雄生、入社1年目の12月のことだった。

「ほら、あんなふうに、白っぽくなる」小池が指差した先には、確かに周囲に比べて色の薄い石があった。
劣化によって粉がついたことで、石が白っぽくなっているのだ。
東海道新幹線の軌道の脇を歩きながら小池は、目視でそうした劣化箇所をチェックしていく。

東海道新幹線はバラスト軌道という線路構造を採用している。
バラストは石であるため、日々通過する列車の繰り返し荷重によってバラスト同士が擦れ合い、稜角部が失われ劣化していく。
バラストが劣化すると枕木の支持が緩くなるなどの問題が起きる可能性がある。
列車の安全走行に支障を来さないよう、定期的に道床更換を行い、バラストを良好に保たなければならない。
小池は、この道床更換という大工事を担当するプロフェッショナルである。

道床更換の工事は、終電後から始発までの深夜に行われる。その時間、わずか4時間。
数十人の作業員が、道床更換から軌道整備という大工事を確実にこなすため、事前のすりあわせが重要となる。
施工を請け負う関係会社は、ベテランぞろいだ。
父親のような年齢の作業員からすれば、小池はひよっこも同然。

しかし、線路閉鎖工事責任者として小池は指示を下さなくてはならない。
「大学院で学んだことは無駄ではなかったけれど、現場はそれだけでは通用しない」それが小池の実感だ。

鉄道とは経験工学である。
保線は、なおのこと。小池は、身を持ってそれを知ったのだった。

例えば想定外の事態について、小池が判断しなくてはならない。
ある夜、NBS(※)を用いて更換作業を始めたところ、車両に不具合が発生。
当日の施工工程を現場で急遽練り直すことがあった。
作業終了時間は決められているから、想定外の事態にどう対応するか、まさに一瞬の判断が求められる。
作業予定は1日60m。
万一遅延したら翌朝の新幹線の運行に影響が出る。
※NBS=古いバラストと新しいバラストの更換を一台で行うことのできる保守用車。効率的に作業を進めることができる。

そうしたギリギリの状況で判断を下す際のプレッシャーは凄まじい。
「落ち着け、冷静になれ、と自分に言い聞かせて、判断を下す」新幹線とともに小池の頭のなかを“走馬灯”が走るのも、よくわかる。
だが、そのプレッシャーを重ねるほど小池が育っていくのも、確かだ。

「ほら、やるよ」
2年目を迎えたある日、先輩が無造作にシックネスゲージを投げてよこした。
シックネスゲージはレールの継ぎ目の隙間を計測するもので、0.1mmずつ厚さの異なる羽根が扇形に10枚付いている。
まさに保線のプロが使う、プロのための道具だ。
それを小池に投げてよこした先輩は、63歳。
「やっと保線所の一員と認められたんだと、うれしかったですねえ」

聞けば、そのベテラン保線所員も、若い頃に先輩から同じように渡されたのだという。
きっと遠い将来、今度は小池が後輩に、同じように渡すことになるのだろう。
そんなふうにして、保線という仕事の技術と魂が受け継がれていく。
経験工学とは、そういうことなのだ。

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